往復書簡 復編
にとって 三蔵からの書簡は、うれしいものだったが、
口頭でのお礼が言えないことが残念に思えた。
皆が揃っての 夕食時に めざとい八戒が、
新しいその腕輪に気が付いて に尋ねた。
「 その腕輪 初めて見ますが、どうしたんですか?
すごく似合っていますね それに この飾り彫りが 見事です。」
八戒は の左手ごと自分に引き寄せると 腕輪を 眺めた。
「本当だ お姫さんらしいな、この白く細い手首には 金が良く似合う。
誰からの贈り物なの? その男からのしゃれた手錠といったところか?」
八戒から の手を取り上げて 自分の前で 眺めながら悟浄は そう言った。
贈り主の手錠と言った悟浄の解釈に、自分ではそうは思っていなかった三蔵は、
新聞の陰でニヤリと 笑みをこぼした。
「手錠ですか? 嫌な表現は やめてくださいよ、悟浄。
確かに 美しい戒めだとは 思いますが、女性の心は手錠をかけて
捕まえるものではないんですよ。」八戒は ため息と共に、そうつぶやいた。
「で、誰から貰ったの?」悟空は呑気なくせに核心を突く発言をした。
そう それこそが 聞きたい事なのだと、八戒と悟浄は を見る。
「今日の昼に 書簡付きで贈られて来た物なの。
私にとっては 大切な方からのものです。
ごめんなさい これ以上は うまく説明できないわ。」は
悟浄から自分の手を戻すと、右手を腕輪の上に 愛しそうに重ねてうれしそうに微笑んだ。
その 美しい微笑みに 3人は見惚れていた。
三蔵は自分の送った腕輪が、をこれほどまでに喜ばせているのがうれしかったが、
自分を送り主と言わないに2人だけの秘密を持ったようでくすぐったい想いがしていた。
悟浄は 始めは 腕輪は三蔵が贈ったものだと思っていた。
しかし が手紙付きで 送られてきたのだと言った事から、その考えは 否定された。
では 誰なのだろうと考えると、の事を あまりにもしらなすぎて 人物を思いつきもしない。
こうして 一緒に旅をしていても は自分の事を ほとんど語らないために、
毎日 顔を見ていても 知らないことだらけだと 悟浄は思った。
ただ 自分達と同じように 悲しい過去があることだけは 確かだ。
それでも 三蔵や悟空、俺や八戒の事になると 幸せそうに笑ってくれる。
誰が贈ったかは知らないが、にあんな顔をさせる その野郎に 嫉妬を覚える。
その夜 2人になった部屋で と三蔵は 静かに過ごしていた。
三蔵は 煙草を吸いながら 新聞を広げ、は 悟空への交換日誌を 書いていた。
少し前までは 三蔵の目の前で 日誌を書く事をしなかっただったが、
「隠れてやられると 面白くねぇ。」と 三蔵が言ったので、今では 堂々と 返事を書いている。
悟空にまで 嫉妬しているらしいと わかってしまえば、ノートを見るわけではないし そこは
笑ってすましてしまう だった。
日誌を書き終えた は、ノートを閉じると 三蔵に向かって
「三蔵 お茶をいかがですか?」と 尋ねた。
「もらおう。」そう答えると、新聞をたたんで がお茶を入れてくれるのを待つ。
がお茶に誘う時には 話したいことがあるという合図。
2人にとっては 大事な時間だけに、出来るだけ応じるようにしている三蔵だった。
「どうぞ 熱いからお気をつけて・・・・。
三蔵 書簡をありがとうございました。お返事は しばらくお待ちください。
それから・・・・・ふっふっ、あのお手紙は まるで離縁状のようで ございますね。」
お茶を出しながら 簡単な礼を言った が、おかしそうに笑ったので 三蔵は
いぶかしげな 顔をすると、「何だその離縁状というのは? おかしいことなのか?」と
茶器に手を伸ばしながら、に尋ねた。
「三蔵のまわりでは 僧ばかりでしたでしょうし、婚姻して 離婚した方などは
いないのでしょうから、ご存知無いのも 無理からぬことではありますが、
昔は 離婚届ではなく 離縁状とか 去り状という物を、
夫が妻に書いて 離婚が成立していたのです。
それが 三行半の文章で成り立っていたことから、
離縁状の事を 三行半などと言ったりするのですよ。
頂いた 書簡は、まさに三行半だったので つい可笑しくなってしまって・・・・・・、
すいません 三蔵、気を悪くしないでくださいね。」と楽しそうに言う 。
「そうか 知らなかったな。挨拶やご機嫌伺いなんかは いらねぇと思ったが、
そっちの方は 気にしていなかった。
そんなつもりじゃなかったんだが・・・・・。」三蔵にしては 気弱そうに 言った。
「いえ 全然 気にしていませんから、ご安心ください。
私は 付け文として 受け取りましたから・・・・・・、それでいいんですよね。」微笑ながら
そう言う に 胸をなでおろした三蔵だった。
「付け文だと? やけに色っぽい言い方するな、何処にも 色づけた覚えはねぇが。」
少し拗ねたように 言うと、「そうですか? 八戒は これの事を、美しい戒めだと
言っていましたが 私も そう受け取りましたよ。
何処にも逃げないように、見えない鎖で 繋いだ証だと 言っているのだと思いましたが、
三蔵にそんなつもりが無かったのなら、私や八戒達の深読みのしすぎですね。」
うれしそうに微笑ながら 腕輪を愛しげに触り 三蔵の瞳を覗き込む。
何も言えなくなった三蔵は、ふいっと横を向いた。
「では 失礼して 湯浴みをいたしてまいります。」と が 立ち去る。
三蔵は 煙草に火を点けると、男女間での贈り物を するときには 気をつけなければ
ならないことが 多いものだと、あらためて思っていた。
ただ 美しいだけで 贈ったつもりだったが、深読みしたや 八戒たちは
いったい何処で そんな事を覚えて来たのか、腕輪を 手錠だとか戒めだとか言っては
贈り主の気持ちを はかろうとする。
「まったく 難儀な話だ。」と つぶやく三蔵だった。
一方 は 返信の事を 考えていた。
受け取った時に書いてしまっていたが、渡せるのは 次の街に着いた時になるだろう。
三蔵1人で 留守番の時にでも 誰かに頼んで 届けてもらおう。
あれを読んだら 三蔵はどう思うかしら・・・・・・
後日 次の街に着いた時に は 三蔵以外を 誘って、街へと出掛けた。
無論 書簡の配達の手はずを 事前に整えておいたのは、言うまでも無いこと。
いつもは が側を離れる事を 嫌う三蔵が、何も言わずに 自分たちを送り出したのを
いぶかる3人だったが、の共が出来る少ない機会に 意義を唱えるものは いなかった。
三蔵もの様子から 書簡を受け取るために あえて1人残ったのだった。
そして 4人が出掛けると すぐにそれは 配達された。
それは 何処で用意したのか 美しい封書で わずかに移り香もあり、腕輪の礼のつもりか
酒も一緒に届けられた。何時用意したのかもわからないが、荷物を嫌う三蔵に
飲んで味わう礼を よこす所は 行き届いている。
封を切って 書簡を読む。
『玄奘三蔵 様
まずは お礼を申し上げます。先日は文と品物を ありがとうございました。
この美しい贈り物を大切にこの身に着ける事で お礼の気持ちに代えさせていただきます。
それで 御意に添えますでしょうか。
貴方は 厳しい任務の途中で、私も それに随行する身、今は先を語れないことは
重々承知いたしておりますが、この旅を 遂げた暁には 安らいだ2人になれる事を、
願ってやみません。
それまでは 御身を何よりも 厭うて下さる事を お約束下さい。
揚子江神女 』
読み終わると 三蔵は 満足げに 頷いた。
自分が から聞きたかったことは、この中に 凝縮していると感じたからだった。
腕輪を どう思っているのか、この旅が終わったらどうしたいのか、
三蔵をどう思っているのかの全てに この手紙で 答えている。
言葉で 聞いたとしても 形の無いそれは、淡雪のように儚く 消えてしまうが、
こうして 書簡に残せば それが 遠まわしな言い方だとしても いつでも繰り返し確認できる。
記録というほどの物ではないが、の心の一部を切り取って残したものには 違いない。
大事そうに 綺麗にたたみ 書簡を封書に戻すと、袈裟にしまう三蔵だった。
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